前橋地方裁判所 昭和26年(ワ)174号 判決
原告 田口安治
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金七万四千五百十円及びこれに対する昭和二十六年十月十二日から完済にいたるまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十二年六月から大蔵事務官として桐生税務署に勤務していたが、昭和二十四年五月二十一日前橋地方検察庁太田支部検察官事務取扱副検事田代照雄は原告を収賄罪として別紙公訴事実により前橋地方裁判所太田支部へ不拘束のまま起訴した。この事件を担当した判事河内雄三は審理の結果同年九月十九日別紙のような判決理由により、「被告人を懲役六月に処する。但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。押収に係る大島絣一反、及びワイシヤツ一枚はこれを没収する。被告人より金千七百五十円を追徴する。」との有罪判決の言渡をした。然し右の判決は採証を誤まつたものであるから原告は東京高等裁判所へ控訴申立した結果、昭和二十六年一月十九日同高等裁判所刑事第七部裁判長大塚今比古によつて、原判決には事実の誤認があるとして別紙のような判決理由により、「原判決を破棄する。被告人は無罪。」との判決言渡が為され、この判決は上告期間の満了によつて確定した。ところが原告は右のように収賄罪として起訴せられたので、国家公務員法第七十九条第二項に当るものとして、昭和二十四年十月十五日休職処分を受け、前記無罪判決の確定によつて昭和二十六年二月三日大蔵事務官に復職の発令あるまで本俸その他一切の手当の支給を停止された。原告の休職発令当時の本俸は税務二級七号として月額金四千七百二十七円であり、休職中の昭和二十六年一月からは税務二級十三号に昇給し本俸月額金五千九百円となつて復職当時も同額であつたから、右休職により停止された本俸の総額は金七万四千五百十円である。然しながら右のような原告が休職を命ぜられたのは犯罪の嫌疑のない原告を嫌疑あるものとして起訴した検察官田代照雄の過失ある違法行為によるものである。即ち捜査に当つた警察官から検察官に送致された書類中、関係人及び被疑者である原告の各供述書には原告の収賄事実を肯定される記載があり、且つ田村サイを田代検察官が取調べた供述書の如きは警察官のそれと同一内容となつているけれども、右田村サイが第一審の第二回公判期日に証人として自由意思に基づく証言は検察官に対する供述の内容と異り、これを否定する事実を述べている。これによつて見れば、同検察官の田村サイに対する取調も何等かの圧力の下に為されたものであることが推測され、若し自由意思の下に任意の供述を為し得たならば、同検察官も原告に犯罪の嫌疑のないことは容易に発見し得た筈である。又今泉ぎん関係の事実についても、同人が原告に繊維品を二回に交付した目的と、当時原告が桐生税務署で担当していた職務内容との関係で収賄となるかどうか、即ち被疑事実となつていたような業務を担当していたかどうかについての取調を桐生税務署長剣持二郎等について為し得る機会があつたにも拘らず、その取調を為さず唯漫然と原告が桐生税務署員であることの事実だけで起訴の手続を執つたことはいずれも過失ある違法なものと言わなければならない。次に第一審の裁判官河内雄三は判決に当つて証拠の採否を誤り、原告に対して有罪の言渡をした。即ち第一審判決は前記公訴事実第一乃至第四の収賄の事実を有罪と認定したのであるが、同判決中に証拠として掲げてあるものの内証人剣持二郎の公判廷での証言については、同証人は桐生税務署長であつて、原告の税務署の勤務の年月日、担当事務の範囲を証言し、且つその範囲については、本件のような事務は職務権限外であると証言している。証人今泉ぎんの公判廷での証言も、不二絹大島絣の生地を原告へ交付したことは証言しているけれども、それを贈賄したようなことは証言していない。証人菅栄子の公判廷での証言も、今泉ぎんの取次をしたことだけを証言し、贈賄の事実は証言していない。証人田村サイの公判廷での証言も、不二絹生地、ワイシヤツ一枚及び現金を原告に渡したことを証言しているけれども贈賄したことは証言していない。勿論原告は被告人として公判廷で贈賄の点は否認している。更に判決に証拠として掲げてある今泉ぎん、田村サイの検察官の面前における供述書の記載はいずれも公訴事実の如く、それぞれ贈賄した旨を述べているのであるが検察官に対して右のように述べるに至つた事情については、同人等は証人として公判廷で、今泉ぎんは、検察官に対して述べたときは病気のため身体がたいぎで検察官の言うとおりに答えたと証言し、田村サイも、不二絹生地ワイシヤツ一枚及び現金について警察ではやつたろう、やつたろうと言われたので、やつたと述べたのであり検察庁では警察や検察庁は恐ろしい処だと思つていたのでそう述べたのであると証言している。右のような証拠の内容では税務署員である原告が今泉ぎん、田村サイから金員を受け取つたことが贈収賄の意思で為されたこと及び原告の職務の範囲に属するものであると認定することはできないのであつて、これを肯定した河内裁判官の有罪の言渡は過失ある違法なものである。同裁判官がこのようなことなくして第一審で無罪の言渡をしたなれば、休職による原告の損害は防止し得たと思われるのに、有罪の言渡があつたため約一箇月後に原告は起訴されていることを理由とする休職の発令を受けることとなつたのである。以上のように公務員である副検事田代照雄及び判事河内雄三の過失ある違法行為によつて原告は月俸の支給を停止せられ金七万四千五百十円の損害を蒙つたのであるから国は之を賠償する義務があるので、右金員及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた翌日である昭和二十六年十月十二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。と陳述した。<立証省略>
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、田代副検事が田村サイに対する取調に当り之に圧力を加えた事実、自由意思の下に任意の供述をさせなかつた為め検察官が犯罪嫌疑のないことを発見し得なかつた事実、今泉ぎん関係につき桐生税務署について原告の職務内容を取り調べる機会があつたのにその取調を為さず漫然と起訴手続をした事実、田代副検事が過失ある違法行為をしたとの事実、一審判決に採証の誤りがある事実一審で無罪の言渡があれば休職による原告の損害は防止し得た事実及び河内裁判官が過失ある違法行為をしたとの事実はいずれも否認する。その余の事実は認める。
一、副検事田代照雄には捜査上の瑕疵はなく、公訴提起についても故意又は過失がない。(1) 田村サイ関係田代副検事が田村サイを取り調べるに当つて、同人に供述を強制したり、圧力を加えたりしたことはない。検察官に対する供述と公判廷における証言とが相違しているからといつて、このことから直ちに検察官が相手方に対して供述を強制し、又は圧力を加えたものと推測することはできない。公判廷における証言もときには時間の経過による記憶の喪失、供述の公開性、利害関係の考慮等から往々その真実性を欠くおそれがあることは多くいうまでもないところであろう。(2) 今泉ぎん関係田代副検事は、原告の分掌事務及び履歴に関する照会に対する桐生税務署長の回答書並びに原告の同検察官に対する供述等を検討した上、原告の職務内容を起訴状記載の如く認定したのであつて、原告主張の如く唯漫然原告が桐生税務署員であるという事実のみによつて起訴の手続をとつたのではない。しかも第一審第二回公判廷において証人元桐生税務署長剣持二郎は、原告は、当時任官しており、直税課の個人係勤務であり、所得税の事務を担当し、係長、課長の監督のもとに軽微な内務及び外務の事務を執り、所得税の資料調査、更正決定の再審査の資料調査もしていた旨の証言をしており、又、同公判廷において被告人(原告)の弁護人から乙第一号証として提出された証拠書類によれば原告は、昭和二十二年度所得税については川内村一円、桐生市新宿通芳町、安楽土町を担当区域として資料の調査をしていたことが明らかであるから同検察官の前記認定は正当なものであつて、少しも違法の点がない。田代副検事は、検察官に対する供述書等を鵜呑みにしたものではなく、自から関係人等を取調べ、捜査の結果起訴状記載の犯罪事実が明瞭になつたので、やむなく起訴の手続をとつたのである。なお、警察官から検察官に送致された捜査書類によれば原告の収賄事実を肯認し得る状況にあつたのであるから(この点は原告も認められるところである)、田代副検事が原告に対する収賄罪の嫌疑十分であると判断して公訴を提起したのはむしろ当然であつて、同検察官には故意は勿論なんらの過失もない。
二、第一審で有罪の判決をした判事河内雄三にも故意又は過失はない。第一審は、証人剣持二郎、今泉ぎん、菅栄子、田村サイの各証言、今泉ぎん、田村サイの検察官に対する各供述調書の記載、押収に係る大島絣一反及びワイシヤツ一枚を証拠として有罪の判決を言渡したのであるが、以上の証拠を綜合すれば原告の犯罪事実は十分証明されるのであるから、第一審裁判官が有罪の認定をしたことは無理からぬことであつて、同裁判官には過失はなかつたといわなければならない。もつとも第二審は今泉ぎん、田村サイの検察官に対する各供述調書の記載を排斥し、犯罪の証明なしとして無罪の判決を言渡したが、刑事訴訟法上証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねられているのであるから、第一審の裁判官が採用した証拠を第二審の裁判官が排斥し、無罪の判決をしたからといつて、そのことから当然に起訴した検察官や第一審の裁判官に過失があつたというわけにはいかない。
普通の検察官や裁判官なら通常決して犯さないような過誤を犯した場合に始めてその者の過失が問題にさるべきものであつて、いわゆる見方の相異によつて結果を異にするような事案において二審裁判所が一審裁判所と事実の認定を異にしたからといつて一審裁判官が有責違法な判決をしたものであると主張することは自由心証を基本とする刑事訴訟法の根本の建前に反するものと考える。ところで本件においては原告と今泉ぎん、田村サイとの間には以前全然交際関係のなかつたこと、贈与の時期、贈与物品が相当の価格のものであつたこと等を考慮し、これと関係人の自供をあわせ考えれば、これらの物品の贈与は、いわゆる社交上の贈答の範囲を超え、贈賄の意思をもつてなされたものとみることもあながち無理ではないのだから、係判事の過失を問題にする余地はないものと考える。右のとおり、判事河内雄三及び副検事田代照雄にはその職務を行うについて故意は勿論過失もないから、両名に故意又は過失があることを前提とする原告の本訴請求は失当である。と陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十二年六月から大蔵事務官として桐生税務署に勤務し、昭和二十四年五月二十一日前橋地方検察庁太田支部検察官事務取扱副検事田代照雄によつて収賄罪として別紙公訴事実のとおり不拘束のまま前橋地方裁判所太田支部へ起訴され、この事件を担当した判事河内雄三により審理の結果同年九月十九日別紙記載の判決理由で、原告主張のとおりの有罪判決の言渡を受けたが右の判決に対し、原告主張のとおり控訴申立をした結果、昭和二十六年一月十九日東京高等裁判所刑事第七部裁判長大塚今比古によつて、原判決には事実の誤認があるとして別紙記載の判決理由により「原判決を破棄する。被告人は無罪。」との判決言渡がなされ、当時右判決は確定したこと及び原告が右のように収賄罪として起訴されたため、国家公務員法第七十九条第二項に当るものとして、昭和二十四年十月十五日休職処分を受け、原告主張の時まで一切の給与の支給を停止され、この間原告主張のとおりの理由により右休職によつて停止された本俸の総額が金七万四千五百十円にのぼることはいずれも当事者間に争がない。
そもそも国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについては他人に損失を生ぜしめることが少くないのであるから、法令や条理にもとづく職務上の義務に従つて慎重に遂行されるべきであつて、これに違背する行為は違法なものとしてその救済の方途が与えられなければならない。このことは裁判官が裁判をし、検察官が公訴の提起を行うについても同様であつてその負うべき義務は単に手続上のものに止まらない。検察官においては、公訴提起当時の資料及び公訴提起当時公判中に蒐集の見込のある資料を検討して、いやしくも経験則上被告人が公訴の犯罪事実を犯したことにつき嫌疑不十分と考えられれば公訴提起をすべきではないし、又裁判官が判決するに際しては、法規や経験則に反する証拠の採否、事実認定をしてはならないのであつてこれらに違背する行為はすべて違法と考えられなければならない。
よつて先ず検察官田代照雄の起訴が違法なものであつたかどうかについて按ずるのに、捜査に当つた警察官から検察官に送付された書類中、関係人及び被疑者である原告の各供述書(成立に争なき乙第四、五号証等)には原告の収賄事実を肯定される記載があり、且つ田村サイを田代検察官が取調べた供述書(成立に争なき乙第三号証)の如きは警察官のそれと同一内容となつているけれども、右田村が第一審第二回公判期日において証言したところ(成立に争なき乙第一号証中田村サイの供述に関する部分)は検察官に対する供述の内容と異り、これを否定する事実を述べていることは当事者間に争がないが、これをもつて直ちに同検察官の田村に対する取調が何等かの圧力の下にされたものであるとか右田村が捜査官に対し自由意思によらない供述をしたものと推断することはできない。証人田村サイは、「警察官は自分の言うことをきいてくれなかつた。検察官も自分の言うことを取上げてくれず、あまりに強いことを言われて困惑した。」という意味の証言をしているけれども、右証言は証人田代照雄の証言に照して措信できない。原告本人訊問の結果その他原告の全立証を以てしても、捜査官が田村サイを取調べるに当り圧迫を加えたり、自由意思による供述を妨げたりした事跡を認めるに足りない。そして今泉ぎん関係の事実については、成立に争のない乙第二号証、同第四号証によれば今泉ぎんが、公訴事実にその事実を供述しているのは昭和二十四年三月十六日であり、原告がほぼ公訴事実にそう事実を供述しているのは同年四月十四日であることが認められ、原告が起訴されたのが前示のとおり同年五月二十一日であるから、この間特段の事情の認められない本件にあつては、田代検察官は起訴前原告の職務内容に関しての取調を桐生税務署等について為しうる機会があつたものと考えられ、しかも起訴前右のような取調のあつたことを認めるに足る証拠はないが(乙第九号証-原告の分掌事務及び履歴に関する照会に対する桐生税務署長の検察官宛回答書-は公訴提起後である同年八月三十日作成のものであり検察官が照会を発したのは同月二十七日である)、右検察官が漫然と原告が桐生税務署員であることの事実だけで起訴の手続をとつたものと認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争のない乙第四、五号証によれば、原告は起訴前の司法警察員に対する供述において、既に自己の職務内容について桐生税務署直税課所得税係として、昭和二十二年度は田村サイ及び今泉ぎんの居住する川内村等の受持をして所得税関係の仕事を担当していた旨を述べ、成立に争のない乙第八号証によれば、原告は起訴前の田代検察官に対する供述において同趣旨のことを述べ、又成立に争なき乙第二号証によれば、今泉ぎんは起訴前の検察官に対する供述において、桐生税務署の税務官吏の田口という人(原告)は、右今泉の居住する村の所得税の係をしていることを聞いている旨を述べていることが認められる。以上のとおりであるから、田代検察官には捜査上の瑕疵はなく、同検察官が田村サイの捜査官に対する供述が真意でされたものと判断し、原告に公訴の収賄事実を構成するに足る職務権限がある(抽象的職務権限にて足ることは従来幾多の判例の認めてきたところである)と考えて犯罪の嫌疑十分として公訴を提起したことはとがむべき何物もないのであつて後に無罪の判決が確定したからと言つて(第一審では有罪判決の言渡があつた。)その起訴が違法なものとは言えないし、その他本件口頭弁論にあらわれたすべての証拠をもつてしても田代検察官の起訴が嫌疑不十分であるにも拘わらずした違法なものと認定することはできない。
次いで、河内判事の第一審有罪判決が違法なものであるかについて按ずるに、原告は右判決が証拠の採否を誤つた同判事の過失ある違法な判決であると言うけれども、裁判官が事実認定をなすに当つて行う証拠の採否は法文に特に定めのある場合の外、専ら当該裁判官の自由心証に委ねられているのであつて(刑事訴訟法第三百十八条)、本件のように第一審判決がたとえ控訴審において事実の誤認ありとして覆えされる結果が生じたとしても、右一審判決が直ちに違法なもの或は裁判官に過失あるものと断ずることはできないのであり、ただ法規や経験則に違反した証拠の採否事実認定があつた場合にのみ始めて右判決が違法となり或は裁判官に過失のある場合が生ずるものと考えなければならない。本件においては成立に争のない甲第六号証、乙第一号証の記載によれば、第一審判決が証拠の標目として掲げるもののうち、今泉ぎん、菅栄子、田村サイ、被告人たる原告の刑事第一審公判廷における供述は、同人等に贈収賄の意思があつたとの供述はしておらず、捜査機関に対する供述が公判廷において変つて来た理由を供述していることは原告主張のとおり認められるけれども、元来刑事判決に証拠の標目として掲げる各証拠の中に相互矛盾するものがある場合には、判文上の認定事実に副う部分のみを証拠として採用したものと考えるべきであるから、前記原告の主張事実に副う部分は裁判官が第一審刑事判決を形成する証拠資料としなかつたものと考えられるのであり、これは自由心証の原則から言つて、裁判官を責めるべき筋合のものではない。成立に争のない乙第二、三号証の各記載、検乙第一、二号証の検証の結果及び後記剣持二郎の供述を右各証拠と綜合して考えれば刑事第一審判決摘示のとおり原告に収賄の事実があつたと認められないわけでなく、右判決が上叙凡ての証拠を証拠の標目に掲げていること当事者間に争がないのであるから、右判決の右のとおりの認定は経験則に反せず、又右判決の証拠資料としたことについても法規や経験則に違反する点は見当らない。そして前掲乙第一号証の記載によれば、当時桐生税務署長であつた剣持二郎は、刑事第一審公判廷において、原告は桐生税務署直税課で個人所得税の事務を担当し、所得の資料調査や簡単な更正決定を要する再審査の調査もやり、その事務も単に内務のみに限らず軽微な外部の仕事までやつていることを証言していることが認められ、これをもつてすれば、第一審判決が収賄罪を構成する職務権限ありとしたこともまことに無理からぬところであるので、この認定も経験則に反するものとは言えず、したがつて判決も又違法とは言えない。
そうすると原告の請求は既にこの点において理由がないから、爾余の判断をなすまでもなく棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 奥田嘉治 毛利恒夫 柳川俊一)
別紙
公訴事実
被告人は昭和二十一年三月桐生税務署雇を拝命し、昭和二十二年六月大蔵事務官に任官し直税課勤務となり山田郡川内村、桐生市芳町、同市安楽土町の各区域を担当して所得税の調査等の職務に従事しているものであるが、
第一、昭和二十三年七月頃山田郡川内村大字山田二七六番地機業今泉ぎんから昭和二十二年度の所得税課税軽減に付有利な取計を受たことの謝礼の趣旨を以て提供するものであることの情を知りながら其の職務に関し桐生市永楽町二番地桐生税務署小使室において右今泉ぎん姪菅栄子より白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール時価千円相当の交付を受け、
第二、同年十一月中旬頃前記同趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら其の職務に関し前記桐生税務署小使室において今泉ぎん姪菅栄子より男物大島絣一反時価三千円相当の交付を受け、
第三、昭和二十三年十一月中旬頃山田郡川内村大字山田九一七番地機業田村サイから昭和二十二年度営業所得税更正決定額に対し再調査の申出があつたのでこれが再調査を為し其の結果税額著しく軽減せられたので其の謝礼の趣旨を以て提供するものであることの情を知りながら其の職務に関し右田村方において同人から白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール時価千円相当の交付を受け、
第四、昭和二十四年三月中旬頃前記同趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら其の職務に関し前記田村サイ方で同人からワイシヤツ一枚時価千円相当及現金千円の交付を受け、
以て夫々賄賂を収受したものである。
第一審判決の理由
被告人は昭和十六年三月足利市立商工学校を卒業して足利税務署の臨時雇となつたが、過般の戦争に際会したので志願して横須賀海兵団に入り軍務に服する内終戦を迎へ、昭和二十一年二月復員し、同年三月再び税務署雇となり桐生税務署直税課に勤務し翌二十二年六月三十日大蔵事務官に任ぜられ爾来同税務署直税課個人係として署内事務の他署外に出張して個人所得税額決定の基礎となる業態調査の職務に従事、主として桐生市内の一部と山田郡川内村一円の区域を担任していたものであるが昭和二十三年四月頃桐生税務署において、担任区域内の山田郡川内村大字山田二七六番地機業今泉ぎん当時五十二年から昭和二十二年度営業所得につき為された更正決定に対し異議ある旨の陳情を受けたので、同人に対し再調査願の手続等の要領を説明して遣つたところ、同年同月二十日同人から所得税更正決定審査請求願が提出され、その結果同年五月下旬頃更正決定による所得額金二十四万円が金十一万二千七百円と改定され、また同村大字山田九一七番地機業田村サイ当時三十七年からも同年十月右同様審査請求願がありその頃同人をその居宅に尋ね所得額算定の基礎資料となる同人の業態につき調査を遂げその顛末を上司に報告した結果更正決定による所得額金十四万四千余円が金六万八千余円に変更されたのである。
以上のようにいずれも大幅に減額されたので右今泉ぎん、田村サイの両人が大いに感謝し、税額軽減に対する謝礼の印で提供するものであることを察知諒解しながら
第一、昭和二十三年七月頃桐生税務署内において、今泉ぎんの使者菅栄子の手を経て白不二絹生地三碼価格金五百円相当の贈与を受け、
第二、同年十一月頃桐生税務署内において今泉ぎんから菅栄子外一名の手を経由して大島絣一反(主文掲記の品)を貰い受け、
第三、右の頃山田郡川内村大字山田九一七番地田村サイ方において同人から白不二絹生地三碼価格金二百五十円以上の贈与を受け、
第四、昭和二十四年三月頃右田村サイ方において同人から白ワイシヤツ一枚(主文表示の品)及び現金千円を貰い受け、以てその職務に関し賄賂を収受したものである。
証拠の標目
一、証人剣持二郎、今泉ぎん、菅栄子、田村サイの当公判廷における各証言
二、今泉ぎん、田村サイの検察官の面前における各供述調書の記載
三、被告人の当公判廷での供述
四、押収に係る主文掲記の大島絣一反及びワイシヤツ一枚の現存
適用法令
刑法第百九十七条第一項前段、第四十七条、第十条、第二十五条、第百九十七条の四
仍つて主文のとおり判決する。
第二審判決の理由
弁護人小川峯次郎の控訴の趣意は、本判決末尾に添附の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これに基き記録を閲し且つ職権を以て事実の取り調を為した結果によつて判断するに、原判決において其の判示事実第一乃至第四の如く被告人がその職務に関して金品を収受したものと認定したのは事実誤認にして、而も其の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから結局論旨は理由がある。
そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決は之を破棄すべく、而して本件は訴訟記録並に原審及び当審において取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認められるから、同法第四百条但書に則り本件について更に判決をする。
本件公訴事実は、
被告人は昭和二十一年三月桐生税務署雇を拝命し昭和二十二年六月大蔵事務官に任官し直税課勤務となり山田郡川内村、桐生市芳町同市安楽土町の各区域を担当して所得税の調査等の職務に従事しているものであるが
第一、昭和二十三年七月頃山田郡川内村大字山田二百七十六番地機業今泉ぎんから昭和二十二年度の所得税課税軽減に付有利な取計を受けたことの謝礼の趣旨を以て提供するものであることの情を知りながら、其の職務に関し桐生市永楽町二番地桐生税務署小使室において右今泉ぎん姪菅栄子より白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール時価千円相当の交付を受け、
第二、同年十一月中旬頃前記同趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら、其の職務に関し前記桐生税務署小使室において今泉ぎん姪菅栄子より男物大島絣一反時価三千円相当の交付を受け、
第三、昭和二十三年十一月中旬頃山田郡川内村大字山田九百十七番地機業田村サイから昭和二十二年度営業所得税更正決定額に対し再調査の申出があつたのでこれが再調査をなし其の結果税額著しく軽減せられたので其の謝礼の趣旨を以て提供するものであることの情を知りながら、其の職務に関し右田村方において同人から白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール時価千円相当の交付を受け、
第四、昭和二十四年三月中旬頃前記同趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら、其の職務に関し前記田村サイ方で同人からワイシヤツ一枚時価千円相当及び現金千円の交付を受け、
以て夫々賄賂を収受したものである。
と謂うにある。
仍て審按するに、まず右公訴事実中被告人が昭和二十一年三月桐生税務署雇となり昭和二十二年六月大蔵事務官に任ぜられ爾来同署直税課に勤務していたこと、今泉ぎん及び田村サイ両名が同人等の昭和二十二年度の所得税に付き夫々同署において更正決定を受けて減軽されたこと及び被告人が右公訴事実掲記の各日時場所において菅栄子を介して第一及び第二の白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール及び大島絣一反又田村サイから第三及び第四の白不二絹ワイシヤツ生地三ヤール及びワイシヤツ一着(現金千円を除く)の各交付を受けたことは原審第一回公判調書中被告人の供述記載、記録添綴の乙第一号証と称する書類の記載、当審証人今泉ぎん、同菅栄子及び田村サイに対する各尋問調書中夫々同人等の供述記載によつて明らかである。然し、右各税金の減額に対する被告人の職務関係及び右各物品授受の理由につき討究するに、右各証拠及び当審証人剣持二郎に対する尋問調書中同人の供述記載を綜合すれば被告人は昭和二十三年から昭和二十四年三月頃は大蔵事務官に任ぜられて未だ間もないため桐生税務署における職務は独立の裁量権なく、担当地域とても定まらず、内務を主として、外務は唯上司の補助役的なる軽小事務に付き時折出張調査等をなしつつあつたに過ぎず、而して同署に対し今泉ぎんから昭和二十三年四月頃又田村サイからは同年十月頃夫々所得税更正決定審査請求書が提出されたが、之に対し同人等の業態調査をなし且つ其の結果税金減額の処置に当つたのは他の同署職員であつて被告人は職務上之に関与せず、単に今泉が右請求手続をなすため同署に赴いたとき偶々執務中の被告人に其の手続を尋ねたとき被告人から当該事務を担当の他の職員に指示を乞うよう教へてやり、同女はこれに従つて掛り職員に教示を受けて請求書を提出した結果減額に至つた因縁あるに止まり、斯くて、被告人に前記生地及び大島絣が菅栄子によつて交付されたのは、当時同品は今泉ぎんの戦死した長男の遺品として之を永く保存して置くことは却つて同女の悲歎の資料となつていたところ、偶々前記の如く被告人から請求の掛職員のことを教示された懇情に対する謝意を表すると同時に右悲痛を減ずるため自己の姪にして嘗て右税務署に勤務して被告人とも知合の菅に托して被告に贈呈する意図で交付させたものであり、被告人としては前記第一の生地を菅から受取つたときは右の如くかねて知合いなる同女の好意の贈物と解して受領したが前記第二の大島絣については菅から更に同署の同僚の手を経て交付されたため其の提供を受ける事由を解しかね、後日返戻する考で当時の自己の下宿先にあずけて置いたこと、又田村サイから前記第三の生地を交付したのは其の頃被告人が公務上電力消費量調査のため同家に赴いたり或は同家所在の村における所得税関係の説明会に出席したりしているうちに田村と顔見知りとなり、自然私交際をも続けている間に心安立てに同家にあり合はせの不二絹生地を田村から贈呈したものであり、更に前記第四ワイシヤツについては、それ以前被告人から約五百円の茶菓子を田村に贈つた返礼の意味で供与したものなることを夫々認めることができる。而して、前記第四の現金千円については、田村サイの検察事務官に対する供述調書中同人の供述として同人から被告人に贈与した旨の記載が一応あるけれども、前記原審第一回公判調書中被告人の供述記載並に原審及び当審証人田村サイに対する尋問調書中同証人の供述記載によれば、孰れも右金員授受の事実を否認し、尚その他の証拠によるも到底其の授受ありしことを認め難い。
然らば、被告人が其の職務に関する賄賂として本件金品を収受したりと為す本件公訴事実は、其の全部につき証明なきに帰するから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条により被告人に対して無罪の言渡を為すことにし、主文のとおり判決する。
検事 伊東勝関与